前立腺がん

はじめに

 前立腺は男性の尿道の始まりの部分を取り囲むように存在するくるみ大の臓器で、精液の産生、精子の活性化や射精に関わっていると考えられています。この小さな臓器に発生する前立腺癌は近年急速に増加しており10年後には肺癌に次ぎ第2位の発生率になると予想されています。一方でPSA(前立腺特異抗原)検査(注1)の普及に伴い転移や被膜外への浸潤のない早期の状態(これを限局性前立腺癌とよびます)で発見されることも多くなっています。
 限局性前立腺癌に対して高い根治性が期待できる治療としては密封小線源永久挿入療法、手術療法(前立腺全摘除術)があります。

密封小線源永久挿入療法(ブラキテラピー)

 小線源による組織内照射療法(ブラキテラピー)は、小さな放射線源を前立腺内に埋め込み、放射線を前立腺の中から照射する方法です。放射線量を前立腺には多く、周囲臓器(直腸・膀胱)へは少なくできることから手術に匹敵する治療効果が得られる一方、外照射に比べ周囲臓器への影響が少ない利点があり、欧米では10年余り前から限局性前立腺癌に対する標準的治療法の一つとなっています。わが国では平成15年7月にようやく法的整備がなされ一定の基準を満たした施設でこの治療法が行えるようになりました。当院では平成17年8月に、九州では九州大学についで開始しました。

概略

 密封小線源とは径0.8mm、長さ4.5mmのチタン製の容器内にヨウ素125という放射線を出す物質が入っているものです。ヨウ素125から出る放射線はエネルギーが弱く飛程が短いのが特徴で、放射線の強さは約2ヶ月で半分になり1年でほとんどなくなります。
 前立腺癌に対する密封小線源永久挿入療法とは前立腺に多数の小線源を挿入留置する方法で、肛門より直腸内へ超音波プローブを挿入し前立腺を超音波で見ながら(経直腸前立腺エコー)、陰嚢と肛門の間(会陰)より前立腺に針を刺入しこの中を通して小線源を挿入します。必要な小線源の数は前立腺の大きさや治療方法(外照射併用の有無)にもよりますが通常40-80個です。多数の小線源を埋め込むことにより前立腺に十分な放射線を照射することができ高い根治性が得られる一方、周囲臓器(直腸、尿道)への影響は少ないのがこの治療の特長です。

適応

 この治療法の最もよい適応は前立腺内に限局している癌のうち臨床病期(注2)T1cないしT2aでかつグリソンスコア(注3)6以下、PSA 10ng/ml未満の場合です。この条件を満たすときは小線源療法単独(144Gy)で治療します。これ以外(T2b-T2cまたはグリソンスコア 7以上またはPSA10ng/ml以上)の場合は小線源療法(100-110Gy)後に外照射(45Gy(1日1回1.8Gy 25回))を併用します。前立腺を超えて広がっている場合やPSA20ng/ml以上の場合は適応となりません。前立腺が大きい(超音波検査による推定体積35cm3以上)場合には内分泌治療を3~6ヵ月程度先行させて前立腺の縮小を待って行うことになります。過去に前立腺肥大症の手術を受けられた方は治療後に尿失禁を起こしやすく原則として適応となりません。また過去に骨盤領域に放射線照射を受けたことがある方や股関節の障害などで治療体位がとれない方、重症の糖尿病をお持ちの方、高度の内臓疾患などで麻酔が困難と思われる方も対象となりません。麻酔が可能であれば年齢には特に制限はありませんが概ね 80歳未満を適応としています。

治療効果

 密封小線源療法による治療効果は前立腺全摘除術とほぼ同等であると考えられています。
 治療後5年間でのPSA非再発率は70-80%程度です。
 この治療後に再発を生じた場合、手術や外照射は行えません。内分泌療法を行うことになります。

治療の流れ

 通常、治療の約2-3週間前に外来を受診していただき、実際の治療室で経直腸前立腺エコーを行い、前立腺の大きさを計測し線源の挿入に際して恥骨が妨げにならないことを確認します。前立腺の画像に基づいて必要な線源数、至適な線源配置を決め線源を発注します。
 入院期間は原則として3泊4日で、線源挿入後は個室に入院していただきます。線源の挿入は硬膜外麻酔+全身麻酔下に行い、2時間前後かかります。入院費用は使用する線源の数にもよりますが30-40万円程度です。個室料はいただいておりません。
 治療1ヵ月後に外来でCTおよびMRIを撮影し線源の位置確認、線量分布の評価を行います。
 必要のある方では線源の挿入1ヵ月後より外照射を開始します。原則として1日1回1.8Gy、25回計45Gyの照射を行います。平日毎日行い5週間かかります。入院でも外来通院でも可能です。
 治療後原則として3ヶ月毎にPSAを測定します。

合併症と治療後の注意点

 針や線源の刺入操作、および放射線の影響により一時的に前立腺が腫れるため頻尿(排尿回数が多い)、排尿困難(尿が出にくい)、排尿痛などの排尿症状が60-80%の方に起こります。通常こうした排尿症状の悪化は6ヵ月程度で元に戻ります。
尿失禁が起こることはまれです(1%)。
 直腸粘膜の放射線障害により排便時の痛みや排便回数の増加、直腸出血などがみられることがあります(5-10%)。小線源療法単独療法の場合はまれですが、外照射を併用した場合は若干頻度が高くなります。
 また約20-30%に勃起障害が起こるとされています。
 線源を挿入した前立腺から体外へ放射能がある程度漏れ出てきます。これは微量ですのでほとんど問題になりませんが妊婦のそばに座ることやや乳幼児をひざに抱くことなどはしばらく避ける必要があります。入院前の生活状況に応じて必要な制約事項を退院時にご説明いたします。尿・精液・血液・唾液・汗などの体液から放射線がでることはありません。
 性交渉は線源挿入1ヵ月後より可能ですが、線源が精液中に脱落してくる可能性があるため1年間はコンドームの使用が必要です。

前立腺全摘除術

概略

 下腹部を切開し骨盤のリンパ節を摘除した後、前立腺・精嚢を摘除、膀胱と尿道を吻合します。手術には4時間程度かかります。術後約1週間は尿道にカテーテルを留置します。また骨盤部に滲出液を排出するためのチューブ(ドレーン)がしばらく入ります。通常3-4週間の入院が必要です。費用は密封小線源療法と同程度です。

適応

 前立腺にとどまっている癌であれば適応となります。前立腺の大きさは特に問題とはなりませんし前立腺肥大症の術後でも可能です。原則として75歳までを適応としています。

治療効果

 治療効果は小線源療法とほぼ同等と考えられています。
 術後に再発した場合、局所への放射線照射で一部の方は治癒する可能性があります。

合併症

 術中の出血が多く(平均1,000ml)自己血輸血が必要になります。他人の血液を輸血する同種血輸血が必要となる場合もあります。まれに術創感染、直腸の損傷をおこすことがあります。尿道膀胱吻合部が狭くなることがあり(10%)内視鏡下の切開やブジーによる拡張を必要とします。
 術後に尿失禁、性機能障害を生じやすいのがこの治療法の難点です。
 尿失禁は術後3ヶ月で60%、6ヶ月で90%の方でほぼ消失しますが、約5%の方にはパッドが必要な失禁が持続します。
 尿失禁以外の排尿症状を生じることは少なく、元来前立腺が大きく頻尿や排尿困難などの前立腺に起因する症状の多くは改善します。
 直腸の症状を起こすことは通常ありません。
 前立腺の被膜に沿って勃起神経が走っており、通常のこの手術ではこの神経も前立腺とともに摘除するため術後の勃起不全はほぼ必発します。しかし生検で癌が検出されていない側の勃起神経を前立腺から剥離して温存することは可能で、この場合70歳未満であれば半数以上の方で勃起は1年以内に回復します。

当院の治療実績

 前立腺全摘除術は1999年4月より2007年3月までに121例に行っています。
 密封小線源療法は2005年8月より開始し、2007年3月までに83例に行っています。

担当医師
 小藤 秀嗣
 山崎 武成

おわりに

 密封小線源療法は侵襲が少なく、尿失禁や性機能の低下が起こりにくい、入院期間が短いといった長所があり、性機能の温存を希望される方や多忙な方では福音となりうるものです。一方、一時的に排尿状態の悪化を生じやすいほか、放射線直腸炎などの合併症も時に見られます。またその治療成績は前立腺全摘除術を凌駕するものではありません。
 前立腺全摘除術に伴う尿失禁は手術手技の改良もあり最近では少なくなっています。また術後に再発した場合、外照射を追加することで治癒する場合がありますが、小線源療法後の再発では放射線の追加はできず、手術による摘出もきわめて困難になるため通常行えず、内分泌療法のみとなります。
 こうしたことも踏まえ十分に検討した上で治療法は決定する必要があります。詳細は当院泌尿器科医にご相談ください。


注1. PSA(前立腺特異抗原)検査
 前立腺癌の診断、経過観察に用いられるいわゆる腫瘍マーカーで血液を採取して測定します。

注2. 臨床病期
 広く用いられているTNM分類を以下に示します。TNM分類とは原発腫瘍、所属リンパ節転移、遠隔転移に関する情報を個別に表記するもので、密封小線源療法や前立腺全摘除術の適応となる限局性前立腺 癌とはT2c以下でN0M0のものとなります。

T:原発腫瘍
T1 触知不能、画像では診断可能
a 切除標本の5%以下
b 切除標本の5%超
c 針生検により確認(例えばPSAの上昇による)
T2 腺に限局する腫瘍
a 片葉の半分以下に浸潤する腫瘍
b 片葉の半分を超えて浸潤する腫瘍
c 両葉に浸潤する腫瘍
T3 被膜を超えて浸潤する腫瘍
a 被膜外へ進展する腫瘍(片葉、両葉)
b 精嚢に浸潤する腫瘍
T4 精嚢以外の隣接臓器(膀胱頚部、外括約筋、直腸、挙筋および/または骨盤壁)に固定または浸潤する腫瘍
N:所属リンパ節
NX 所属リンパ節転移の評価が不可能
N0 所属リンパ節転移なし
N1 所属リンパ節転移あり
M:遠隔転移
MX 所属リンパ節以外のリンパ節転移
M0 遠隔転移なし
M1 遠隔転移あり
M1a 所属リンパ節以外のリンパ節転移
M1b 骨転移
M1c 他の部位への転移

            UICC 2002年版

注3. グリソンスコア
 組織標本を顕微鏡で観察して決定される、前立腺癌の悪性度の指標となる病理組織学上の分類です。悪性度は1(正常の形態に近く、最も悪性度が低い)から5(無秩序な増殖を示し最も悪性度が高い)までの5段階に分類されます。前立腺癌は様々な悪性度の組織が混在することがよくあるため、最も多くみられる部分の悪性度と次によく見られる悪性度を組み合わせて表記します。例えば最も多く見られる部分が3で、次によく見られる部分が4である場合、3+4と表記されます。したがってグリソンスコアは1+1から5+5までの9段階に分けられることになります。一般的に3+3以下であればたちはおとなしく、 3+4、4+3、4+4以上の順にたちは悪くなります。

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